「Adobe Sensei」によって、クリエイティビティは人間と人工知能の共同作業のようなものになる、かも

その特徴的な名前からすでに各所で話題になっていますが、アドビシステムズがサンディエゴで開催中のイベント「Adobe MAX 2016」において新しいソリューション「Adobe Sensei」を発表しました。

このAdobe Senseiについて感じたことを勢いに任せて書きます。私はこのAdobe Senseiによって、Creative Cloudは本当の意味でのクラウドサービスとして一皮剥けたのではないかと思っています。

Adobe Senseiとは

Adobe Senseiがどんなものかについて、プレスリリースでは次のように説明されています。

Adobe Senseiのインテリジェントサービスは、マシンラーニング、人工知能(AI)、およびディープラーニング機能を活用し、膨大な数の画像とのマッチング、文書の意味とセンチメントの理解、重要なオーディエンスセグメントを対象とした精度の高いターゲティングなど、エクスペリエンスの提供における複雑な課題に対処します。

簡単に言うと、アドビはツールの利用状況やユーザの行動などに対する膨大な量のデータを蓄積していて、それを機械学習を使って分析してフィードバックすることで、これまでよりももっと精度の高いユーザエクスペリエンスを実現するよ、ということです。

ツールにとって重要なのは、ユーザが実現したい結果を的確に実現するということです。検索にしても、写真の編集にしても、ユーザが望む結果が得られなければ意味がないわけです。そのためには、まず"ユーザは望む結果"を知らなければいけません。アドビの試みは、「デザイナーがどんなときにどんな結果を求めているのか」を、蓄積された膨大なデータと機械学習によって判断することで、ユーザエクスペリエンスの精度を上げようというものです。

Adobe Senseiは特定のツールの名前ではなく、いろんな機能のバックグラウンドで動作する基盤エンジンのようなもので、あらゆるツールやサービスで活用されるとのことです。Adobe Senseiが裏側で活躍することによって、多くの人が望んでいる機能や、面倒だと思っている作業が、劇的にやりやすくなるかもしれません。

Adobe Senseiで何ができるか

Adobe Senseiによってどんなことができるようになるのかについては、石川修一氏による基調講演のレポート記事が非常に分かりやすいです。
面倒な作業は全部Adobe Senseiにおまかせ ― Adobe MAX 2016基調講演レポート // Neuromagic Labs

自分でやろうとするとすごく難しかったり面倒だったりするような作業を、魔法のように一発でやってくれる。我々はこれをAdobe Magicと呼んでいましたが、過去の膨大なデータの分析によってこの魔法がもっともっと強力になるというわけです。

そもそもCreative Cloudのどこが"クラウド"だったのか

話は少し逸れますが、Creative Cloudが最初に発表されたとき、多くの人はこういう感想を抱いたと思います。
「え?それのどこがクラウド?」

Creative Cloudが初めて発表されたのは2012年5月ことですが、当初のCreative Cloudはツール間の連携やコミュニティ機能などがまだ弱く、あくまでも個別のツールの集合体という印象が強いものでした。当時、Mala Sharmaへのインタビューで「"クラウド"としての価値はどんなものになっていくのか」と質問しましたが、「まだコンセプトの段階で、細かいことは決まっていない。これからユーザと共に最適な形を検討していく」というような感じの回答でした。

2014年6月のメジャーアップデートで、モバイル端末のサポート強化やツール間の連携機能の強化が行われました。ここにきて、Creative Cloud自体をひとつの巨大なクリエイティブツールとして利用するという新しいワークフローのコンセプトが明確になったわけです。

2015年6月のメジャーアップデートでは「Creative Sync」が追加されました。これによって、ツールやデバイスを跨いだコンテンツの同期や共有がよりシームレスに行えるようになりました。さらに、「Adobe Stock」が開始されて、Webの巨大なバックグラウンドとCreative Cloudの接続点が明らかになってきました。ほかにも「Creative SDK」が公開されて、Adobeのツールが機能単位で外部のサービスとつながるようにもなりました。

このあたりでようやく"クラウドらしさ"が出てきたような気がします。そこにきてAdobe Senseiです。

3つのクラウドの知見が統合される

アドビのクラウドサービスはCreative Cloudだけではなく、ほかにMarketing CloudとDocument Cloudの2つがあります。機械学習については、Adobe Senseiに先立って、Marketing Cloudのデータサイエンス機能の一環として機械学習を活用できるようになったことが発表されていました

Adobe Senseiはその試みをさらに発展させたものだそうです。そしてAdobe Senseiは、これら3つのクラウドのすべてに組み込まれ、インテリジェントサービスの核として動作しているとのことです。

Adobe SenseiにはAI/マシンラーニングを統合したフレームワークと、Adobe Creative CloudAdobe Document CloudおよびAdobe Marketing Cloudの核となっているインテリジェントサービス群が含まれています。

これは逆に、Adobe Senseiの学習には、3つのクラウドすべての知見を取り込めるという見方もできます(実際にそのようなデータ連携をしているかはわかりませんが)。手元のツールが、インターネット上の膨大な情報によって洗練されていく。なんだかいよいよ"これぞクラウド"という感じがしてきました。

私は以前から、Creative Cloudクラウドを名乗る以上、いずれMarketing CloudやDocument Cloudとの連携されるときがくるだろうと考えていました。Mala Sharmaもその可能性を検討している旨の発言をしています。しかし3つのクラウドは、私が想像していたよりももっと深い位置で繋がるようです。Adobe Senseiによって。

サードパーティAdobe Senseiを活用できる

Adobe Senseiは、アドビのツールやサービス内で利用するだけではなく、サードパーティデベロッパー向けにも提供されるそうです。クラウドで得た知見がクラウドサービスとして提供される、一種のエコシステムが成立します。

Adobe Senseiはアドビのクラウド製品とサービス内での提供に加え、アドビのデベロッパー向けプラットフォームであるAdobe.io経由でAPIとしてパートナーとデベロッパーに提供します。デベロッパーとシステムインテグレーターはこれにより、まったく新しいタイプのアプリケーションやソリューションを顧客向けに構築できるようになります。

Sneak PeeksでもAdobe Sensei大活躍

ちょうど先ほど、アドビが開発中の新技術を先行してチラ見せする「Sneak Peeks」のセッションが終わったところです。今年もアドビマジック満載だったようですが、その中にもAdobe Senseiを活用して実現しているらしきものが見られました。Adobe Senseiは、今後確実にアドビマジックの進化を加速させていくように思えます。

クリエイティブな仕事というのは、機械学習が最も苦手とする分野です。しかし、クリエイティビティを発揮するためのツールは、機械学習によってより高機能で洗練されたものにできる、ということをAdobe Senseiが実証してくれそうです。そうだとすると、これからのクリエイティビティは、人間と人工知能の共同作業のようなものになるのかもしれません。



この記事、写真とかまったく無いので、代わりにJason Levine先生の「Gather The Crowd - Creative Cloud」の動画を貼っておきますね。
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