東日本大震災から5年、今でも思い出す非現実的な光景

東日本大震災ことを考えるとき、3月11日当日のことよりも、初めてボランティアで石巻に行ったときのことが真っ先に思い出されます。4月1日、まだ一般ボランティアの受け入れが始まったばかりでそれほど組織化されておらず、泥の掻き出しや家財の運び出しなどの要望に対して手探りで対応している状況でした。

崩れかけた家、流された車、倒れた電柱、ヘドロの匂い。コンクリートの壁の目線より高い位置に泥の線が残っており、津波がどの高さまで押し寄せたのかがはっきりと分かりました。バスを降り、砂埃が舞う道をマスクとゴーグルを付けて歩いた、どこか現実的でない感覚が未だに体に残っています。

Facebookなどでもすでに書いたこともあるのですが、石巻のある家では、おじいさんの位牌を探して欲しいという依頼を受けました。洗濯機でかき回されたような状態の、床すら抜けた部屋の中で、泥にまみれて探しました。そのとき、この津波がどれだけの大切なものを奪っていったのかということを思い知らされた気がしました。この経験が、その後東北に足を運ぶ原動力になりました。

私自身は、今では直接何かの活動に参加するという機会はほとんど無くなってしまっていますが、それでもこの震災のことを忘れたことはありません。何かしなければと焦る気持ちは今でもあります。

同じような気持ちを抱えた人は大勢いると思います。そんな人々の思いを共有できる場を、ジャーナリストの林信行@nobi が用意してくれました。

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林さんが提唱する『311から1446へ』に私も強く賛同します。この震災に思いを巡らせる時間は、1年に1度限りであってはならないと思います。

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石巻に向けて出発するときに彼女(今の嫁さん)が持たせてくれたゆで卵。活動から戻ったテントの中でこれを見て、ようやく緊張が解けました。