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青森ねぶたとよく似た能登飯田町の燈籠山人形

ねぶた

この記事は「青森ねぶた祭り Advent Calendar 2015」の12月6日分として書きました。

今日の話題はこれ。
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この写真、一見すると青森の人形ねぶたに見えますね。しかし実はこれ、ねぶたではないんです。

これは能登半島の先端にある珠洲市飯田町の「飯田燈籠山祭り(いいだとろやままつり)」というお祭りで使われる山車で、「燈籠山(とろやま)」と呼ばれているものです。

全体像はこんな感じ。
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屋台の上に縦長の台座(枠障子と言うそうです)があって、その上に青森のねぶたとそっくりの人形燈籠(燈籠山人形と呼びます)が乗ってます。この燈籠山の高さは16メートルもあります。

これ、すごくないですか?どう見ても安定しているようには見えないのですが、曳き回しの際にはこれを力一杯引っ張って動かすので、上部の人形がグワングワン左右に揺れるんです。今にも横に倒れそうで、迫力ありますよ。

燈籠山人形の骨組はねぶたと同じように木と針金ですが、外側には和紙ではなく布を針と糸で縫いつけているそうです。昔は和紙を貼っていたそうですが、今は雨対策で布を貼るようになったとか。

飯田燈籠山祭りについては下記のサイトでとても詳しく紹介されています。門外漢の私が説明するよりもこのサイトを見てもらった方がいいでしょう。写真や動画などもあります。

HP能登半島「飯田燈籠山祭りの杜」

さて、燈籠山人形はなぜここまでねぶたに似ているのでしょうか。それは江戸時代、日本海側の沿岸地域は北前船による交流が盛んだったことから、お互いの文化が影響を与え合って融合していったものと考えられています。

能登のお祭りといえばキリコ祭りが有名です。飯田の燈籠山はキリコの上に人形灯籠が乗ったような作りをしています。青森ねぶた祭りも、初期の頃には今とは全く違った形式で、いつの頃からか人形灯籠が作られるようになったそうです。

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左が能登キリコ

どのお祭りが発祥かという話ではなく、お互いに影響を与え合って、それぞれ独自の形に完成されていったということだと思います。お祭りについて調べるだけでも、当時の文化交流の軌跡が分かって面白いです。